病床逼迫の責任は国民が負うべきなのか?

一都三県の緊急事態宣言の延長が決定された。

その理由として「病床のひっ迫状況を改善したい」との意向が掲げられている。

4日の記事中では「50%以下になることが大事」と書かれている。

「50%以下」の根拠が全く不明だ。

100%を超えたら、もうそれ以上受け入れられないのは良く解る。

 余裕があるのに、なぜ「50%以下になることが大事」と言って、緊急事態宣言を延長しようとしているのか。

ある病院でベッドが10床ある。その半分に患者さんがいる。だがまだ5床空いている。

にもかかわらず、「大変だ、大変だ。」と、騒いでいる。

そんな光景しか思い浮かばない。

何が大変だと言うのか。

一都三県3千万人の国民に、さらなる2週間の過酷な経済的試練を課す理由としては、根拠が不十分ではないのか?

どうやら、ベッドは空いているのだが、対応する医師や看護師が不足しているとのことらしい。

では実際に使用可能なベッド数はどれほどなのか?

それを把握している者はいるのか?

そういった努力を何もせず、ただ、「だいたい半分ぐらいじゃね?」といって、「医療現場がひっ迫しているから協力しろ」と言われても、納得の行くはずがないし、協力が得られなかったとしたら、それはちゃんとした状況を説明していない側にある。

「50%?ぜんぜん、そんなのよゆーぢゃん、医者に楽させるために、延長すんの?」と。

一部では、人的な資源が確保されていて、すぐにでもコロナ患者が入院出来る病床数を、「すぐに使えるよう確保している病床の使用率」として発表することもある。

これの方が数値としては明確であろう。

「すぐに使えるよう確保している病床の使用率が90%に達している。」

そう言ってもらえば、病院の大変な状態が身近に感じられるので、国民の理解が得やすい。

 その一方で、今朝のニュースでは、

 千葉県では「すぐに使えるよう確保している病床の使用率を25%未満にする」と、言っている。

全く意味不明だ。

ベッドが8床ある病院で、 医師も看護師も8床まで対応可能な病院で、入院患者が3人いてはムリ。2人位にして欲しい。飲食店が何件潰れようが、失業者が何万人出ようか、自殺者が何千人出ようが、国民は医師や看護師をラクチンにするために、犠牲を払って当然である。

そうとしか、国民には伝わらない。

これで、協力が得られると、本気で思っているのか。

「すぐに使えるよう確保している病床の使用率を25%未満にする」と、もっともらしい言い方をすれば、ごまかせると思っているのか。

 

日本は人口あたりの病床数がOECD加盟国の中で突出して多い。

一方、一病床当たりの医師数は極めて少ない。

f:id:chantokangaeru:20210304192206j:plain

一病床当たり医師数のOECD比較

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000021.000046782.html

上のグラフだけ見ると、病床数に対して人的な資源が不足しているのは、コロナ対応に限ったことではないように見える。

今まで日本の医療政策は、一体何をしてきたのか。

対応できる人材がいないのが明白にもかかわらず、ベッドの数だけ増やし続けて来たのはなぜなのか?

「人口あたりのベッド数が世界一」であることが、日本が一番、医療体制が進んでいることの証であると、そう信じていた者がいるのか。

それとも余り手の掛からない軽度の老人を沢山集めて、薬を沢山飲ませて寝かせていれば、保険料ががっぽがっぽと入るような仕組みが、日本の医療制度なのか。

ここでお断りしておくが、今回のコロナ禍で医療現場の最先端で、それこそ命がけで身も心もボロボロになりながら、活躍してくれている医療従事者の方々には頭が下がる。心からいくら尊敬しても、全く足りないのは本心である。

だが、報道でその雄姿を見かける素晴らしい人々は、日本全国の医療従事者のうちの、何%に当たるのか?

90%位か、50%位か、10%にも満たないのか。

コロナ患者を迎えるには、それなりの施設や装備が必要であり、全ての医療機関でベッドが空いているからと、簡単に対応できるわけではないのは解る。

だが、かなり前から「松本モデル」が注目を浴びているとの報道があった。

2020/04/29の記事だ。

だが他の地域で「松本モデル」を見倣って、病床を増やした。との報道を聞かない。

松本市では、それ以前から病院同士で協力する体制が出来ていた。」との報道もある。

だとしても、そのような協力体制を整えるのに、一体どれだけの期間が必要なのか?

10ヶ月の間、各自治体や医療関係者は、いったい何をしていたのか?

少しでも、何とかならいのか?と、行動を起こした者が何人いたのか?

松本市は準備が出来てたから可能だった。そんなに簡単に出来るようなものではないんだよ。」と、そう自分達を正当化して、何もしていなかったとしか思えない。

「医療現場のひっ迫を避けるため」

そう言えば、国民の脳裏には第一線で活躍してくれている人々の姿が浮かび、「それならば、強力しなくちゃだな。」と、納得するように仕向けているのだけではないのか?

第一線で命をけずって活躍している人々を盾にして、その他の医療受持者は、「自分が何かするのは面倒だから」と、何もしてこなかったのではないのか?

知事もただ「マスコミアピール」のためだけに、医療機関を漠然と訪ねて「お願い」をして回るだけで、松本モデルを導入するために必要な医療機関同士の連携を高めるような行動を、取ってはいなかったのではないか?

そんな「その他の医療従事者」や「何の策も講じてこなかった知事」の怠慢のツケを、一都三県3000万人の国民、それもただ遊びに行くのを我慢するとかだけではなく、多くの飲食店の倒産や、仕事を解雇されたりなどの犠牲にて、払う必要があるのか?

「医療現場のひっ迫を避けるため」との一言で、今までの行政や医療関係者の怠慢を、我々が引き受けなればならないのか。

そして、2週間で解除になったとしても、解除になれば感染者が増え、ベッドが逼迫して来る時が来るのが明らかにもかかわらず、現時点でもまだ、彼らは何も行動しようとしていないに違いない。

「2週間あれば、松本モデルの全国展開が完了し、すぐに利用可能な病床数が全国で1万床増床できる。それまでどうか、国民の皆様には、今一度の協力をお願いしたい。」

そう言ったお願いを一切することなく、「コロナ疲れ」だの「気の緩み」だの、全てを国民の責任にして、自分達の怠慢を隠している。そう、捉えられても仕方がない。

「ひっ迫すればまた、第一線で活躍している医療従事者を守るため」と言って、緊急事態宣言を発報すれば良い。

そう、思っているのではないのか。

 

病床逼迫の責任は国民が負うべきなのか?

 

■全ての医療従事者は、それこそ命がけで戦ってくれている。花見に行くのを我慢するのが、どれだけ大変だと言うのか。

■「リバウンドの恐れ」とさかんに言うが、それはいつ解除しても同じことである。2週間経ったらまた、同じことを繰り返すだけである。

■最前線で戦ってくれているのは全医療従事者のごく一部である。その他の何も対策をしようとしない医療関係者や知事の怠慢を、「病床数のひっ迫」の一言で片付けようとするのはおかしい。

■医療側の偉い人は自分達が非難されるのがいやだから、「恐れがある」「恐れがある」と繰り返してるだけである。その一方的な立場からの発言のみ取り上げて、政治家や知事が何もしようとしないのは、怠慢以外の何物でもない。

■スタッフがいようがいまいが、ベッドを買っておいておけば簡単に金が入るんだから、改善などする必要がない。それが日本の医療制度なんだから。

■飲食店がコロナ対策に協力を拒めば罰せられるのに、医療機関が協力を拒んでも何も罰則がないのはおかしい。とても協力する気分になれない。

■なんだかんだ言っても、そうやって肥えた財政力で政界に影響を与えている医療業界の上層部が、らくちんな道を維持しようと必死になっているので、コロナ禍程度でそれが変わるはずがない。下流市民が犠牲になるしかない。

■コロナ患者や飲食店従業員や不正規採用などの弱者が何人死のうと、長年に渡って築き上げた「医療機関の上層部に楽に税金が集まる仕組み」を危険に晒してはならない。